「奥さん、こういうことされると困るんです」
バックヤードで店長は語りかけた。
「私達が気づいていないとでも思っていました?」
「すみません……」
カバンをテーブルに置いたまま、主婦は項垂れた。
目を伏せながら言葉を続けた。
「旦那が出張先で他の女を作って……それから息子も毎晩遊び歩いているみたいで……
この前なんて……暴力沙汰になったみたいで警察署からも電話が来て……。
出来心……とでも言ったらいいんでしょうか……」
「出来心?」
店長の口の端が下がり、語気を荒げた。
「出来心だったらあんなに何度も繰り返さんでしょうが」
私服警官が店長を宥める。
「まあまあ……、佐藤さん、怒っても取ったものが返ってくるわけじゃないでしょう」
「そうだねえ……。ひとまず、取ったもの全部出してもらえます?」
「はい……ヘアカラーと……お肉と、スナック菓子……」
「3つも盗ってる。常習犯だよね」
「あとは……ラムネとビール、生ハム、チーズ、洗剤……」
みるみる事務所のテーブルが埋まっていく。
私服警官もこれには頭を抱えた。
「嘘でしょどんどん出てくる。あんたとんでもない奴だな」
「フライパン、鍋、キッチンワゴン、洗濯物干し……」
物理的にあり得ない大きさのものが次々と出てくる。
テーブルどころか事務所の空間が埋まっていく。
「ちょっと待てどこから出してるんだ。それはどこから出してる?」
「それから、宇宙」
主婦のカバンからは宇宙が発見された。
初期の宇宙はブラックホールであり、主婦のカバン、テーブル、主婦そのもの、私服警官、店長、バックヤード、スーパーマーケット、東京都、石川県、日本、他の国々、地球、銀河系……全てを飲み込んでいった。膨張と分裂を繰り返し、時は過ぎた。
そして、我々があるのである。
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