(暗転後、舞台上の椅子に座っている高井。下手から歩いてくる桐野。黙って壁の絵に見入る)
高井「いかがですか。この絵は、彼の人生が詰まった、アーティスト人生後期の代表作です」
桐野「あっ、学芸員さん。なるほどねえ」
高井「遠目から見れば単なる一風景ですが、近くで見ると人々がダイナミックな筆致で描かれています」
桐野「二面性があるんですね」
高井「そうですね。うちの館長が閉館後にSMクラブへ行ってギチギチに縛られ興奮しているのと同じです」
(桐野、少し驚いた顔をするがスルーして別の展示物へ。高井もついていく)
高井「いかがですか。この壺は、彼が立体造形に興味を持っていた頃の作品です」
桐野「この作家といえば思い浮かぶのは平面が多いですが、立体作品も手掛けているんですね」
高井「はい。この作品で言えば水彩画で長くテーマにしていたアジサイの意匠が表面に施されており、彼のテーマ性を感じられます」
桐野「一見別物に見えてもつながっているんですね」
高井「そうですね。うちの館長がSNSの裏アカウントでパパ活女子高生とつながっているのと同じですね」
桐野「あ、こっちの造形もいいですね」
高井「こちらの銅像は、彼の後に妻となる女性が飼っていた猫の像ですね」
桐野「一見猫には見えないですけどね」
高井「確かにかなり抽象的な作品ですね。うちの館長が浮気してたのを妻に言い訳するときぐらいの抽象度だと思います」
桐野「あの」
高井「何か?」
桐野「さっきから身内の情報が多くないですか?」
高井「身内?」
桐野「あの館長がどうとか……」
高井「あぁ。これサービスです」
桐野「サービス?」
高井「普段美術館に来ない方とか、美術に興味がない方に向けてやっているというか」
桐野「あぁ、あぁ。ちょっと身内を落として興味を沸かせるみたいな」
高井「はい」
桐野「……それだったら僕、普通にこの作家のこと知りたくて来てるんで。
普通に作家の情報とか絵の情報教えてもらったらいいんで」
高井「……あ~……わかりました」
桐野「この静物画は?」
高井「この静物画は彼が修行時代に描き続けていた花のスケッチですね」
桐野「なるほど」
高井「花といえばうちの館長の浮気相手へのプレゼントはバラの花束で、」
桐野(黙って高井を指す)
高井「あっ……」
桐野(人差し指を唇に当てる)
桐野「こっちの人物画は?」
高井「はい、こちらの人物画は彼の愛人を描いていて、うちの館長も、」
桐野(黙って高井を指す)
高井「あ~~~~!(頭を抱える)」
高井「スランプや~~~~~!!」
桐野「スランプ?」
高井「はい。実は私、この仕事に就く前にツアーのバスガイドをしてまして」
桐野「学芸員さんってバスガイドからでもなれるんだ」
高井「バスガイドのときはこの方式で、ツアーに来た主婦達の心を掴んでドッカンドッカン行けたんです」
桐野「別に美術館でウケるとか必要ないんじゃない?」
高井「いや……私が欲しいというか」
桐野「個人的なやつ?」
高井「はい」
桐野「……ちょっと待ってください。どうしてバスガイドからこの職業に転職したんですか?」
高井「私には同じ職場の妻がいました。しかし私の直属の上司と浮気して子供まで作って出ていってしまった。
しかも悪いことにその事実は職場の皆に筒抜けで、居たたまれなくなった私は上司の机に退職届を撫でつけて職場を出たのです」
桐野「叩きつけたほうがいいですね。もっとその時の気持ち入れて」
高井「再就職と言っても、似たような職場で似たような制服を着て似たようなことをするのが嫌で、ふと訪れたこの美術館に求人のお知らせが貼ってあった」
桐野「なるほど」
高井「ファッション専門学校卒でも入れました」
桐野「学芸員さんってファッションの専門からなれんの?」
高井「とはいえ、バスに乗る前に各地の地理や名所を覚えたりしていたのと同じで、絵画や画家のエピソードを覚えて紹介するなど、
いざ勤めて見ると案外経験が生きて面白い仕事だと思いました」
桐野「なるほど」
高井「しかしここ数日口をついて出るのは館長の内輪ネタばかりで」
桐野「スランプって言ってましたね」
高井「笑いが欲しくて欲しくてたまらない」
桐野「そんな学芸員さんいないですよ」
高井「もし許せるならばバスのお客さんを全員沸かせていたあの頃に戻りたい」
桐野「バスガイドってそんなめちゃくちゃ笑い取ります?」
高井「カニ食べ放題ツアーで斡旋した旅館から一人あたり数千円のバックを取っていたあの頃に戻りたい」
桐野「聞きたくなかったわ」
高井「でもここではその夢は果たせない」
桐野「カニ無いからね」
高井「お客さん、私はどうすべきだと思いますか」
(桐野、少し腕を組んで考え込む)
桐野「きょうの特別展に出ている作家の言葉にこういうのがあります。『置かれた場所で咲く花よりも、石を割って生える雑草の方が力強く育つ』と」
高井「ほう」
桐野「高井さん、あなたがいるべきところはここじゃない。僕もちょうど学校を卒業して放り出された、やることのなくなった人間です」
高井「そうなんですか」
桐野「高井さんに熱意があれば、出られると思うんです。M-1グランプリに」
高井「え、それって」
桐野「どうですか。年末まで少し時間はありますよ」
高井「お客さん!ありがとうございます!!」
桐野「そうと決まったら早速ネタ作りして練習でしょう!」
高井「頑張りましょう!! (上手を見て)……あ、館長」
桐野「あっ」
高井「……うるさい?あ、そうですね。美術館で騒いだらダメですよね」
桐野「すみません」
高井「ごめんなさい、ほんと私も注意できなくてすみません」
桐野「は? ……すみません」
(二人とも頭を下げたまま数秒、下手を気にしながら顔を上げる)
桐野「あの人、……SMクラブで縛られてるんですか?」
高井「はい、声を出さずにメチャクチャ喜んでました」
桐野「そこも静かにするんや」
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